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Trace member's roots(メンバーのルーツを探る)
 
Trace member's roots :  ▼米倉 楽(Vo,P)  西村和信(B)
佐久間 晃彦(Teruhiko Sakuma)【Drums】
〜音楽の1週間〜
1. 元体験?
音楽興味を持ったのは、多分に家族の影響だと思う。父親が真空管ステレオで流していたビーチボーイズの「サーフィンU.S.A」と、カーズの「悲しき雨音」は今でも覚えている。沢山あったレコード、父が聴いていたレコード。いつでもなく何処でもなく自然に聞いていたのだろう。それと、ステレオの横にオルガンがあって母が弾いてくれた童謡(だったと思う)も覚えいてる。すぐ下の弟と父の赤いギターをいじくって壊したのもこのころだった。
2. 小学校
一番影響を受けたのは、5・6年生の時の担任の先生からだった。音楽を好きになったのも、先生が割りと熱心だったからかもしれない。そして毎年一度、芸術鑑賞の時間があり、オーケストラが来るのだが、館内の響きがとても良く僕はいつもわくわくして見ていた。この頃はバンドマンになるという事は考えてなくて、オーケストラの一員になりたいと思っていた。その時何故か不思議とパーカッション・打楽器に耳を奪われていた。楽譜コンプレックスがあって(今でもまだある)「これだったら出来るんじゃないか」などと思ったりしたからかもしれない。
 小学5年の時、「卒業生を送る会」で合奏団を募集したことがあった。勇気を出して小太鼓に立候補したが、やはり人気があり、簡単なオーディションになった。バチの持ち方か、音の出し方が偶然良かったからか、たまたま選ばれた。今から思えばこれが全ての始まりだった。それからは、6年生で金管アンサンブルクラブに入り、シンバルや大太鼓などを任され、合奏アンサンブルの快感を知
ったのだった。
 家では祖母が三味線や民謡を習っていて、自分もその影響で和太鼓に興味を持ち始めてもいた。
3. 中学生
英語の先生の影響で1年生の時に、カーペンターズを知り、サイモン&ガーファンクル等を聴き、ハーモニーの美しさを知る。クラブは最初は何故かバスケ部だった。ただ一生懸命やってはいたが、やはり音楽に対しての関心はずっと持ち続けていた。1年生の時、先輩が『3年生を送る会』でビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」をバンドで演奏しているのを見て、自分もやりたいなぁと思いメンバーを探していたが、2年の秋に親にドラムを買ってもらったのがきっかけでバンド活動を始めた。このバンドで次の『3年生を送る会』に出る事になり、この頃の自分の一番の「夢」が叶う。演奏したのはアルフィーの「スターシップ」というたった一曲だったが、拍手をもらいとても嬉しかった。本番前のリハーサルで、他のバンドの友人に僕のドラムの叩き方が上下逆だと指摘されたが、すぐに直せずそのまま出場したのを覚えている。
 3年生になった時、吹奏楽部に欠員が出て募集があり入る事になった。主に、ティンパニ担当で、チューニング(音合わせ)の難しさを知り、先生に音が合うまでチューニングをやらされた事を思い出す。この頃も完全に譜面を読めたわけではなく、耳で覚えて大体の感覚でやっていたと思う。(冷や汗)
普段聴いていた曲の傾向は、主にカシオペアやスクエア等のインスト・フュージョン系(そのころ全盛期)だった。
4. 高校
吹奏楽に力を入れている高校を選んだ。が、1番自分が入りたかったパーカッションの部門の希望者が多く、じゃんけんをして負ける。その瞬間に部を辞める。この時、自分の中での最初の挫折感を味わう。でもこの事がバネになり、新しいメンバーを集めバンドを組んだのだった。主にBOOWY・レベッカ・TMN・米々Club・長渕等のコピーバンドだった。ライブハウスやホールに出たのもこの頃だ。ドラムを正式に人に習ったり、セミナーに行き始めたりもした。
5. 20歳の頃〜
音楽の道に進もうかと色々迷い悩んでいた時に、「やはりドラムを基礎からやり直してみよう」と思い、足立区にあるリズム研究所と出会う。この研究所に通った事は、今の自分のドラムに最も影響を及ぼしていると思う。この後、雑誌『プレーヤー』でメンバー募集があり、JAZZ等を聞き始めていた当時の自分にとって、共感を覚える人物=楽さんと出会う。楽さんと出会った事でかなり人脈が広がりとても感謝している。彼の第一印象は、物腰の柔らかそうな感じで、見た目はハービーハンコックとチックコリアを混ぜたような人。ひげを生やしていて、丸い帽子をかぶっていたのが印象に残っている。ベース西やんとは、ギターの人のセッションで知り合った。僕が出会った最初の「関西のミュージシャン」だった。背が高く、話し方が新鮮だった。
 この2人との関わりで渋谷のクラブクアトロやオンエアー等のライブハウスに出られた経験は、(自分のなかではそうそう出来ない事だと思えたので)感謝している。
6. 最近〜現在
「スティープライヒ」「オーネット・コールマン」「オリジナル・ラブ」のライブは僕の中で1番印象に残ってる。特にオーチャードホールでの「オーネット・コールマン」のそれは、あまりにも衝撃的で、何をやっているのか分からない部分もあったが、その場に自分がいた、というだけで幸せだった。
 バンド活動は、「ジジィ」になってもこのままコンスタントに続けていきたいと思っている。そして、個人的には「世界のリズム」や「リズムが心と体に及ぼす影響」等を研究して本に出来たらいいな、と思う。SANGOの音楽もたくさんの人に聴いてもらって生活のお供として楽しんでもらえるようにしていきたい。
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