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| Trace member's roots : ▼米倉 楽(Vo,P) ▼佐久間晃彦(Drs) |
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| 〜 ルーツというほど大そうなものでもないですが 〜 |
兄の影響?
幼少から、小学生、中学生にかけて、音楽に関しては特に興味があるわけではなく、巷ではやっている歌謡曲をごくふつうに楽しんで聞くぐらいだった。
中学2、3年の頃、2つ年上の兄がクイーンやイーグルス、ACDC等をを好んで聞いていた。兄が高校の友人たちとバンドを始めたのもこの頃で、担当はベースだった。兄に影響され自分もだんだん洋楽を聞くようになった。小林克也のベストヒットUSAは、はらはらどきどき毎週見ていた。FMでは、毎週土曜日のお昼からの洋楽のベストテンをよくエアチェックした。兄の弾くベースにも興味が出て、目を盗んではこそこそと触って遊んでいた。黒のヤマハBBだった。
バンドを組む
高校2年、自分もとうとう文化祭に出るために友人とバンドを組むことになり、まずはハードロックのコピーから始めた。高校3年には洋楽トップ40のコピーバンド、それと無茶苦茶下手だったが、ジェフベックのコピーバンドもした。兄の口利きで、兄の通う高校の文化祭に出演もした。高校時代は演奏するのも聞くのも洋楽一辺倒だった。文化祭のステージで味わった何ともいえない快感が今でも音楽を続けている理由の1つになっていると思う。
大学時代の貴重な時間
大学に進んだ理由は、親には申し訳ないが、勉学に勤しむためではなく、就職のためのステップでもなく、音楽サークルに入って、「音楽にどっぷりつかった生活をしてみたい」という、それだけの理由だった。フォークソングクラブ(やっている音楽はほとんど軽音楽部と同じ)に入って、様々なジャンルの音楽を経験することができた。クラブの友人達、また、クラブ外の気のあったメンバー達とも京阪神のライブハウスで演奏するようになった。
大学2年の時、梅田のCOTTON100%(現在はなくなっているがソウル系の雰囲気のよいライブハウスだった)で演奏して初めてギャラを貰って妙にうれしかったのを今でも覚えている。
この時期は先輩、後輩、友人たちに恵まれ、音楽は勿論のこと、それ以外にも大変貴重な時間を過ごすことができた。
「SANGO」のメンバーと出会って
上京してからはバンドにつき物の「組んでは解散」の繰り返しがいくつが続いた。たまたま友人の紹介で現「SANGO」メンバーの米倉楽→以下、楽さん(Vo.P)、佐久間晃彦→以下、サクちゃん(Drs)と知り合った。
楽さんに対しては「面白い曲を書く人だな」、サクちゃんは「タイコの音がきれいだな」というのが最初の印象だった。
考えてみると、彼らと8年も続いているのは、「バンドで音を出したり聞いたりする時の空気の感じ方が似ているせいかな」と思う今日このごろである。
まだまだ発展途上の段階なので「SANGO」と自分が、これからどう変身、進化していくのか楽しみで、また興味津々である。 |
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